あの迷路の奥は?

 英邁なる陛下のおわすブリテイン、それを守るかのように広がるサーパンツ・スパイン山脈の最南端より森の中を行くこと数分、巨大な迷路が姿を現す。
 博識な読者諸氏はここの存在のことを知っていることであろう。しかしその中に入ってみた者がどれほどいようか。今回私はそれが危険と知りつつも、巨大迷路の最深部へと侵入することにした。
 かつて私はここを2度ほど訪れている。1度目は私が「卑怯者」と呼ばれていた頃、迷路の向こうに見える美しい花々、果実そして櫃に魅せられふらふらと迷い込んでしまったのだ。あれは忘れもしない、やれまもなく櫃に手が届く、というところで何者かに炎のつぶてをぶつけられ這々の体で逃げ帰ったことを。逃げざまにちらと後ろを向けば古い血のような色をしたローブに身を包んだ男がなにやらわめき散らしていた。
 次に訪れたのは純粋に探求心を満たそうとしてである。まもなく迷路の中心、というところで奥からぼろ布を体中に引っかけた老爺が姿を見せた。高らかに笑うそれは恐るべきリッチであった。そのとき私は貧弱なものしか身につけておらず、とても悪霊の頭とも言うべきもの相手に戦えるような状態ではなかったのだ。とっさに愛馬にムチを入れその場を立ち去った。
 以上の話からもこの地は私にとり因縁浅からぬ場所だとわかっていただけたであろうか。はたして私は悲願の中心部到達を果たした。今回の神秘に満ちた旅の報告をここに公開する。







 そこは拓けており家が2軒、小さい塔が一つ建っていた。ただ普通に内部へと侵入が可能だったのは奥に建っている家のみで、他の家と塔はどのようにして入るのか「そのときは」わからなかった。













 唯一侵入可能な家の入り口。そこにはなぜか掲示板がかけられていた。このような場所の掲示板にも関わらず多くの書き込みがあったが、謎の解明に至る足がかりは見つけることはできなかった。


















 その建物の一階には乱雑に本の置かれた、それでいてこざっぱりとした部屋が設えてあった。豪奢な寝台の足下には空の櫃。ふと見たときは何か入っているような気がしたものの実際なにも入っていなかったクローゼット。部屋に入った瞬間少し狭苦しく感じたのはここに二つも寝台があるためであろう。奥の寝台には鮮やかな赤い色をしたシーツがかけられていた。










 階段を登って二階に上がってみる。
 上がってすぐのところに暖炉があり、赤々と炎がちらついていた。これにより、ここの主はそう遠くないところにいることを私は感じた。目に鮮やかな青い椅子に青いシーツの寝台は使い手のセンスを伺い知ることができる。  扉を開けバルコニーに出ればサーパンツ・スパインの山々からの颪が旅に疲れた私の頬をなでる。時折吹くその強く涼しい風は、忌まわしきダスタードへと地上につもった落ち葉を運んでいく。ふとその舞い踊る落ち葉に目を落とすと何かが私の直感を刺激した。






見よ、このなにもないところに消える足跡を。
謎は解けた!



















つづく









つづいた



 足跡を追って土壁につっこむと鉄の扉が目の前に現れた。
 おそるおそる扉を開け、中に入る。かつてディープフォレストの建物群を訪れたときの衝撃と同じものが全身を駆けめぐった。地下にこのような施設があったとは…… やはり悪の魔術師のねぐらであるという噂は真実であったのか。
 私の中の何者かが「奥へ奥へ」と急かす。そのとき私は重い格子戸を渾身の力で持ち上げたのだが、さび付いた金具がこすれるイヤな音といったらたまらないものであった。





 格子戸の先には地下通路があり、今まで侵入できなかった家へと通じていた。
 家の中に出る階段を上りきったとき、私は目を疑った。なんとそこに一人の販売員が立っているではないか。なぜここにいるのか。それは二階に上がってはっきりした。

















 なんと、屋根の開いたスペースに家が建てられているではないか。なるほど、販売員はあの家の真下に立っていたというわけだ。
 こんなところまで都市化の波が広がっていようとは思っても見なかった私は言い様のない悲しみに満たされた。が、部屋の片隅に渦巻く光の粒を見た瞬間そんな思いはどこかへ飛んでいってしまった。
















 気がつけば薄暗く、じめじめしている場所に立っていた。しばらくいろいろ考えてみたが、結局そのときの私には階段を登ることしかできなかった。














 見よ、私はついにたどり着いた。今までの苦労が思い起こされ図らずも涙ぐむ。しかしこれで今回の旅は終わったわけではなかった。大いなる徳は私を最後の使命へと導いた。
 祭壇の裏に見えるものがおわかりいただけるであろうか。輝ける光の粒。私はあそこに飛び込まねばならなかった。なぜならそれが私の運命であったからだ。はたして私は飛び込んだ。その結果どこへ辿り着いたのか……読者諸氏の健闘こそが旅の終焉を明らかにできる。今の迷路に恐るべきものなどいない。







おわり